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「双頭の悪魔」を読んだ

先日、有栖川有栖の「双頭の悪魔」を読みました。学生アリスシリーズの3作目でありミステリの傑作と謳われる今作は世間にそう言われるだけあって面白く、普段ミステリを読まないような人にもオススメしたい出来でした。

ということで今回は双頭の悪魔のオススメレビューと、ネタバレありの感想を書いていきます。

 

 

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

 

 

あらすじ
 

他人を寄せつけず奥深い山で芸術家たちが創作に没頭する木更村に迷い込んだまま、マリアが戻ってこない。救援に向かった英都大学推理研の一行は、大雨のなか木更村への潜入を図る。江神二郎は接触に成功するが、ほどなく橋が濁流に呑まれて交通が途絶。川の両側に分断された木更村の江神・マリアと夏森村のアリスたち、双方が殺人事件に巻き込まれ、各々の真相究明が始まる…。 (創元推理文庫「双頭の悪魔」裏表紙より引用)

 


この作品で一番優れている点はなんといってもトリックの設定、推理の精密さです。

まず、前作までは1つしかなかった読者への挑戦状が今回は3つあります。3ですよ3つ!どんだけ推理があるんだって感じですよ。
なぜ3つもあるのかというと、悪天候によって村が2つに分断されそれぞれの村で殺人が起きる今作では読者は2つ(以上)の殺人事件の犯人を推理する必要があるからです。
この読者への挑戦状がとても解きごたえがあります。私は第一の挑戦状しか解けませんでした…。

そして3つの挑戦状を経てクライマックスでなされる名探偵江神二郎による推理は圧巻です。文句なしの王道名推理です。
全く予想ができないどんでん返しがあるわけではないのに、読後は「そうだったのか、やられた」という気持ちでいっぱいになります。
理不尽で納得ができない推理は皆無であり、今作にはただただ論理的な推理しかありません。 事件についてのすべての情報が開示されているにも関わらず、読者が事件の真相にたどり着きにくいというこの作品の構造は素晴らしいです。

たまに「何なんだこの推理は!納得できん!」と思ってしまうミステリに出会うことがありますが、そういった作品を読んだ後に双頭の悪魔を読むといい口直しができますよ。笑

 また今作は前前作の「月光ゲーム」や前作の「孤島パズル」よりも小説としての面白さが増したように感じます。
この作品の約700ページの中で描かれる人間模様はどこか魅力的であり、読んでいると自然と引き込まれていきます。
早く事件の真相が知りたいという気持ちとは裏腹に、ずっとこの人間模様を見ていたい、読み終わりたくないという気持ちさえ湧いてくるほどです。
脇役に見えるような人物が印象的なセリフを口走ることが多く、今作は特に群像劇の雰囲気が強いです。

普段は推理小説を読まない人にもこの作品をオススメしたい理由は、小説としての・読み物としての魅力をもこの「双頭の悪魔」は備えているからです。
読み物として楽しむ分にも「双頭の悪魔」は優秀であると思います。

興味がある方は是非読んでみてください。自信を持ってオススメします! 

 

※ここからネタバレを含んだ感想

 

 

 

トリックの細かい点について書いているときりがないので、それはまた今度二週目を読み終わった時にでも書くことにします。

 今回は謎解き以外で特に印象的だった部分についての感想を書いていきます。

・名探偵と凡人の分断。凡人の活躍

 今回の見どころは何といっても江神さんとアリスたちが別々の村に分断された点です。

名探偵ホームズシリーズ然り、悟浄嘆異然り、天才の言動を凡人の目線から描く手法を取った小説は多いです。読者の多くは凡人側の人間であるため、分かりやすい語り部が作品の中に必要なのでしょう。

例えばドラゴンボールで「なんだあの戦闘力は…!」などと言って悟空の強さを解説してくれるヤムチャやピッコロさんのようなポジションがいた方が読者に親切だということに少し似ています。(分かりにくい)

学生アリスシリーズでもその手法をとっており、アリスが読者目線の語り部役(凡人役)を務めています。

あくまでアリスは語り部役であり、名推理を披露する役ではない…はずでした。前作まで。

今回は名探偵役である江神さんがアリスと分断されてしまったため、夏森村サイドでの謎解きは語り部役のアリス、そして凡人側の人間である織田と望月、村人数名で行っています。

この場面がなかなか読んでいて楽しいんですよね。いつもスマートな推理を展開する江神さんと違って、アリスたちはちょっと頭に浮かんだ推理をぽんぽん口に出して議論していきます。そこがまたガヤガヤしていて面白い。笑

 私が何気なくこの本を手に取り、素敵な詩だなどと感心していた時から、江神さんはアリアドネの糸を手繰り始めていたのだ。行き着いた先が語るに値するものだと納得するまで、糸を手繰っている途中だという素振りすら見せずに。この人はいつもそうだ。

 とマリアが江神さんについて語る場面があったけれど、夏森村の面々はまさにこれと正反対ですね。笑

 最終的には周りの村人たちまで巻き込み、泥臭いディベートを重ねながらも見事に犯人にたどり着くその様子は読んでいて爽快でした。

 また、夏森村サイドではEMCの面々の何気無い行動が事件に関わっていく点も面白いです。

もしあの時誰かが廃校に行こうと言わなければ、もし織田が相原とケンカしてケガを負わせなければ、もしアリスが電話の横のメモ帳に落書きをしていなければ、この事件の推理はまた別の様相を見せていたでしょう。

 加えて、木更村サイドの凡人語り部役を務めるマリアも水面下で活躍していたように思います。

自身が傷心中で人の心の動きに敏感であるからなのかマリアは最終局面で琴絵の発言について強い反感を覚えるなど、本能的に犯人が誰かを感じていそうでした。

双頭の悪魔ではまさに凡人大活躍!でした。

 

・細かい前振り

前振りといいますか伏線といいますか、事件に関わるちょっとしたヒントが至る所に散りばめられている点も面白いです。

終盤で「病気の従弟を励ましながら町まで送ってくれた恩があったため、今にも捕まえられそうな室木を逃がした」と明美が語る場面があるけれど、これは序盤で述べられていた「明美とマリアが会えなかったのは、明美が病気にかかった従弟を看病しに町に行っていたから」という内容とリンクしています。

 こういうちょっとした繋がりを見つけるのは面白いですね。二週目もガッツリ読んでみようかな。

 

 表紙の絵やピンクフロイドについての話など、思うことは他にもあるけれど今回はここまでにしよう。機会があったらまたこのような記事を書くことにします。